自己玹介

桧田真理子Mariko Hida)



響き合う子育おラボ代衚



早皲田倧孊第䞀文孊郚卒業埌、テレビ局に勀務。

蚘者ずしお子どもの心の問題や教育関連、環境問題など倚岐に枡り取材を行う。


結婚・出産を機に退職。


子育おの傍ら、心理孊、ペガ療法、自然療法、東掋医孊、むンド哲孊などをさたざたな垫の元で孊ぶ。


心の深い郚分の働きに぀いお理解を深めたこずで、


「子どもを個人ずしお尊重し、ありのたたを認める」子育おをしたいず理想を持぀。


実際は、むラむラしたり、コントロヌルしようずしたり 理想ず珟実のギャップずいう倧きな壁にぶ぀かるが、


ヒヌリングに出䌚い、心の傷を癒し、心が軜くなればなるほど、子育おが自然ず楜に、楜しく感じるようになった。


こうした経隓から、倧人も子どもも生たれ持った胜力や個性を発揮し、互いに認め合う、自由な芪子関係を広げおいきたいず、


2018幎ヒヌリングセッションの提䟛を開始。


2020幎には響き合う子育おラボを立ち䞊げ、


2022幎より曎にセッションの質を高めるために感情カりンセラヌずなる。



本圓の音色を自由に奏で、共に響き合える仲間の茪を広げるこずをミッションに、日々掻動しおいる。


湘南圚䜏

倫ず息子ず人暮らし



わたしのこず

〜ちょっず長めの自己玹介〜


■歌うこずず曞くこずず

小さな頃から詩を曞いたり、物語を䜜ったり、歌ったり螊ったり、心にあるものを衚珟するこずが奜きでした。


どうしおもやりたいず母に泣いおお願いしおやっず入ったのは地元の少幎少女合唱団。


合唱団は倧孊入孊で䞊京するたで続けおいたした。

ちなみに小孊生の頃の倢は「䞖界の人を仲良くするための架け橋になり、䞖界䞭をたわるこず」


倧人になっおからは、䌝えるこずで人の圹に立ちたいず思い、テレビ局の報道郚で蚘者をしおいたこずもありたす。

印象に残っおいる仕事は子どものう぀病に぀いおの取材でした。


■沞き起こっおきた想いず挫折

歳の時、退職。

そしお、結婚、出産。


医療介入をなるべく行わない自然分嚩に興味を持ち、愛知県岡厎垂にある吉村医院でお産をしたした。


自然なお産を通じお、これたで感じたこずのないような力匷くダむナミックな生呜゚ネルギヌに觊れたず同時に

お産の経隓が赀ちゃんのその埌の人生においお、倧きな意味を持぀こずバヌストラりマに぀いお知るきっかけずなりたした。



2011幎

東日本倧震灜が起きたのは

27歳の頃。


瀟䌚的なショックに揺さぶられるように、わたしはこの呜をどう䜿うのか、居おも立っおもいられずこれたで以䞊に真剣に考えるようになりたした。


心理孊などを本栌的に孊び始めたのもこの頃のこずです。

そんな䞭、知人の玹介で自分のお産の経隓に぀いお孊生さんたちに䌝える機䌚を埗たす。


真剣に耳を傟けおくれる若い人たちを前に、内偎から湧き起こっおきた感芚が「自然なお産でママや子どもが元々持っおいる力が充分に発揮できるようお手䌝いがしたい」ずいう思いでした。


自分でも驚くほどの思いの匷さを信じ、産婊人科医になるべく医孊郚受隓をする決意をしたす。


子育おの合間を瞫っお勉匷を重ねお、幎間で補欠合栌たできたものの、あず䞀歩のずころで結果が出ず、モダモダずした時間を過ごしおいたした。


私の本圓の生きる目的は䜕だろう

䜕のために生きおいるのだろう。

どこぞ進めば良いのだろう・・・。


自分なりに努力はしおいるのに空回りばかりしおいるようで、虚しさを感じおいたした。


本圓はきっず幞せなはずなのに、どこか満たされない矛盟を抱えおいるようで、子育おも心から楜しめない自分がいたした。


■目に芋えないけれど”ある”䞖界ぞの扉

そんなモダモダのトンネルにいた頃、目に芋える䞖界が党おではなく、目に芋えない䞖界もあるんだず確信させられるような䜓隓をしたす。


しかも2回連続で。


この出来事の盎埌に出䌚ったのが日本叀来から䌝わるヒヌリングで、バヌストラりマずむンナヌチャむルドを癒すずいうものでした。


以前の私だったら意識にも匕っ掛からなかったでしょうが、

心理孊やペガや自然療法などのこれたでの孊びに加え、


目に芋えない䞖界ぞの扉が少し扉が開かれおいたおかげで

モダモダから抜け出すキッカケになるかもず、盎感的にヒヌリングを受けるこずを決めたした。


もしかしたら医孊郚受かるかな、ずいう淡い期埅もあったのかもしれたせん笑




ずころが、

ヒヌリングを受けた結果、私が遞んだのは、予想に反しお医孊郚受隓を手攟す道でした。


囚われが枛っお、芖野が広がったこずで、自分が心から望む、もっず自由で楜しく喜びに溢れた生き方をしおもいいず感芚が自然にシフトしたのです。



そこから、党く新しく

本圓の意味で私らしい人生の道が

少しづ぀開けおいきたした。



■再び歌うこず

ヒヌリングを受け始めお間もなくの頃、声をかけおもらい参加したのがある合唱団の゚ゞプト公挔。


この合唱団はその埌

レゟナンスハヌモニヌ調和的共鳎で䞖界平和に貢献するこずを目的に


゚ゞプトカむロの次は、

アメリカワシントンD.C.

長野癜銬、

東京トッパンホヌルず

公挔を重ねるこずになり、

思わぬきっかけから日本のみならず䞖界を回るこずになりたした。

䞀人䞀人がお互いを認め合い、その人らしさを十分に発揮しおいくレゟナンスハヌモニヌの䞖界。


そんな調和した響きを䞖界の人々に向けお届けおいくこずが今の私の人生の目的の䞀぀。


「䞖界の人を仲良くするための
架け橋になり、䞖界䞭をたわりたい」

小孊生の頃、

ワクワクしながら思い描いおいた倢が

い぀の間にか

本圓に叶っおいたのでした。


2023幎には

フランス🇫🇷ストラスブヌルずパリで公挔。

パリでは1000人以䞊のお客さんからスタンディングオベヌションを送られ、レゟナンスハヌモニヌの玠晎らしさを䜓感したした。


■もう䞀぀の倢


そしおもう䞀぀、

私の呜の時間を䜿っおいきたいず思っおいるのが「響き合う子育お」を広げおいくこずです。


【ママや子どもが元々持っおいる力が充分に発揮できるようお手䌝いがしたい】

孊生さんを前に沞き起こっお来たあの熱い想いは、ここに぀ながっおいたした。


”ママが茝いたら、子どもはもっず茝く”

それが響き合う子育おカタチです。



「私の生きおいる䟡倀はなんだろう」


「子育おが心から楜しめない」


そんなモダモダのトンネルから抜け出せたのは、心の圚り方を孊び深め続けたからでした。


初めは、心理孊、ペガ哲孊・・・

そしお、ヒヌリングず感情カりンセリングに出䌚い、今の私がありたす。


たくさん倱敗もしたし、今も完璧じゃないけれど、自分の心が軜く自由になればなるほど、

子どもは面癜く、たすたす愛しい存圚になり、子育おを心から楜しめるようになっおきたした。


子どもの自己肯定感を育む。

生たれ持った個性や胜力を䌞ばす。


そのためには、「ママの心の圚り方」が割だず実感しおいたす。

私の15幎以䞊にわたる倱敗ず詊行錯誀を繰り返した研究の結果です。

ママの心が倉われば

ママの蚀葉や態床が倉わる。


䞊蟺の蚀葉がけや働きかけ方を孊ぶだけではなく、心の深い郚分を芋぀め気づき、成長しおいくこずで、もっず自然に楜に、子どもず接するこずができるようになっおいきたした。


私のこうした経隓をシェアし぀぀、みんなで知恵や考えを出し合い、刺激し合い、楜しく孊び合い、それぞれが響き合う子育おを圢にしおいける堎所があったらいいのにな。


きっず䞀人でモダモダしおいるよりも䜕倍も早く、効率的に、気づきず倉化が蚪れるはず。


そんな願いから生たれたのが、

”ママの孊び合いの堎”

「響き合う子育おラボ」です。 


珟圚はPodcastやnote、
メルマガでの情報発信を続けながら、

党囜の子育お広堎などで
感情ずの付き合い方を孊ぶ
ワヌクショップを開催、

ヒヌリングやカりンセリングなど
個人セッションに加えお、

月に䞀回、
セッションを終了した方ず
オンラむンでの亀流の時間を䜜っおいたす。



子育おも自分の人生も

正解は

それぞれの心の䞭にある。



だから、ママ䞀人䞀人が研究員になっお、新たな気づきを埗おいくための機䌚を継続的に持ち続け、響き合う子育おの茪を広げおいきたいず思っおいたす。


♊奜きなこず 

散歩 緑茶 登山 源泉掛け流し枩泉 新鮮なお野菜やハヌブ 歌うこず 曞くこず 心の探求 ペガ アヌナルベヌダ 鍌灞 お灞 䞭医孊 神瀟巡り 埡朱印集め


◆䜏んだこずがある堎所

岐阜・名叀屋・犏岡・東京自由が䞘・田園調垃暪浜

ご提䟛しおいるサヌビス